1905年生れ。白井や村野藤吾は、ともに正当なモダニズム路線からは距離を置き、西洋と日本の「相剋」を独自のスタイルへと昇華させた巨匠といえる。
白井は若き日のベルリン留学により、平衝感覚を哲学というカテゴリーから学んだ。
また、論「縄文的なるもの」では、丹下ら戦後のモダニスト達と伝統論争を呼んだ。
柿沢守利は師弟関係にあり、柿沢の「清月堂ビル」(1992)は、白井の親和銀行東京支店の場所からほど近い。
〜 建築作品 〜
| 歓帰荘 | 1938 | ![]() |
|
| 秋ノ宮村役場 | 1951 | ||
| 浮雲 | 1952 | ||
| 松井田町役場 ⇒詳細 |
1956 群馬県碓氷郡松井田町 | ![]() |
![]() |
| 善照寺本堂 | 1958 台東区西浅草 | ![]() |
![]() |
| 横手興生病院 | 1962 | ||
| 呉羽の舎(柿腸舎) | 1965 | ||
| 親和銀行東京支店 | 1963 中央区銀座 | ![]() |
![]() |
| 親和銀行本店 (DOCOMOMO100選) |
1969 長崎県佐世保市島瀬町 建築学会作品賞 |
||
| 虚白庵(コハクアン) | 1970 | ||
| ノアビル | 1974 港区麻布台 | ||
| 渋谷区立松涛(ショウトウ)美術館 ⇒詳細 |
1980 渋谷区松涛 | ![]() |
![]() |
| 静岡市立芹沢美術館(石水館) | 1981 静岡県静岡市 | ||
| 亜門茶朗 | 1981 帝国ホテル内 インテリア |