レーモンド(Antonin Raymond)

1888年、チェコ生まれ、アメリカ国籍。1976年死去。
1910年プラーグの工科大学を卒業。チェコ・キュビズムの本拠地のプラハで建築を学歩。
作品集で知ったライトやアドルフ・ロースに影響されて、自由と創造的な生活を求めてアメリカに渡る。
1914年絵を描くためヨーロッパへの旅に出る。当時のレーモンドは画家になろうと思っていた。ノエミ・ペルネッサンとイタリアからアメリカに帰る船の中で出会い、その年12月ニューヨークで結婚。
1916年ウイスコンシン州のタリアセンに行きF.L.ライトの事務所に入る。
1917年ニューヨークに戻り独立。
1919(T8)年帝国ホテル建設のためにライトとともに来日。以来日本に住みつく。
その後ライトとはケンカ別れ。
1923年関東大震災の年、レーモンド設計事務所を名乗る。霊南坂の家を設計。
当初はライト式を手がけていたが急速にヨーロッパの新傾向に反応し、自邸のレーモンド邸を皮切りに日本のモダニズムのリーダーのひとりとなり、前川國男吉村順三らを育て、日米戦争の一時期を除き日本に本拠をかまえ生涯の設計活動を展開している。

また、レーモンドはフランスのピューリスムのリーダーのコルビュジエに強く刺激され、ソ連大使館東京ゴルフ倶楽部といった作品を生んでいる。

レーモンドは、自伝の中で次のように述べている。「この宇宙の中に何か不思議な秩序があり、宇宙の万物はこの秩序の絶対価値に従って創られている。」その「価値の把握に努力し続ける」のが建築家である。

 

〜 建築作品 〜

東京女子大学総合計画

(DOCOMOMO100選)
1921 東京・吉祥寺
霊南坂の家 1923 東京・港区
聖路加国際病院・礼拝堂→現・看護大学


⇒詳細
1923(計画)
1928(最終案) 東京・築地
ライジングサン石油会社ビル 1926 横浜・関内
伊太利亜(イタリア)大使館日光山荘

⇒詳細
1929 栃木県日光市中禅寺湖湖畔 2000年にリニューアル。
東京ゴルフ倶楽 1930 埼玉・朝霧
鳩山邸 1932 東京・牛込
ペイネ美術館

⇒詳細
軽井沢タリアセン内
軽井沢夏の家→ペイネ美術館

⇒詳細
1933 軽井沢タリアセン内。コルビュジエの未完の邸宅「エラズリス邸」との類似性が話題を呼んだ。前川國男吉村順三もこの山荘で過ごしたらしい。    
川崎守之助邸 1934 東京・麻布
聖ポール教会
(現・軽井沢聖パウル・カトリック教会)

(DOCOMOMO100選)

⇒詳細
1934 長野・軽井沢
東京女子大講堂・礼拝堂 1934 東京・吉祥寺    
レストラン不二屋 1936 横浜
リーダーズ・ダイジェスト東京支店 1949 東京・千代田区
※現存せず。
1951 日本建築学会作品賞
レーモンド自邸・事務所 1950 東京・麻布
フジヤレストランビル 1951 大阪
井上房一郎邸(現・哲学堂)


⇒詳細
1952 群馬・高崎
レイモンドの麻布自邸と双生児と言われる。
キャンプ座間司令部 1952 神奈川・座間
聖アンセルム目黒教会 1954 東京・目黒
聖アルバン教会 1955 東京・港区
淀川キリスト教病院 1955 大阪
聖パトリック教会 1955 東京・椎名町
レオナルド邸 1957 山梨・甲府
ルーテル教会 1957 宮崎・延岡
聖アンセルム教会修道院 1958 東京・目黒
群馬音楽センター

(DOCOMOMO100選)


⇒詳細
1958 群馬県高崎市高松
DOCOMOMO20選作品
イラン大使館 1959 東京・港区
東京キリスト教大学(ICU)総合計画 1959 東京・三鷹
聖十字教会 1961 東京・世田谷
聖ミカエル教会 1961 北海道・札幌
立教高校聖ポール礼拝堂 1961 埼玉・志木
立教高等学校 1961 埼玉・志木
軽井沢の新スタジオ

(DOCOMOMO100選)
1962 長野・軽井沢
南山大学総合計画

(DOCOMOMO100選)
1962 名古屋・昭和区
1964 日本建築学会作品賞
プライス邸(宝塚の家) 1963 兵庫・宝塚
東京ゴルフ倶楽部 1963 埼玉・狭山
銀座松坂屋 1963 東京・銀座
神言神学院 1964 名古屋・昭和区


関連文献

現代日本建築家全集1
アントニン・レーモンド
1971
三一書房
編集著作者:栗田勇
自伝アントニンレーモンド 1970
鹿島研究所出版会
著者:アントニン・レーモンド
訳者:三沢浩
SD選書17 私と日本建築-A・レーモンド 1967
鹿島出版会
著者:A・レーモンド
A・レーモンドの住宅物語 1999
褐囃z資料研究者
三沢浩
アントニンレーモンドの建築 1998
鹿島出版会
著者:三沢浩

トップページに戻る

建築ページに戻る

建築家のページに戻る