黒川 紀章 (クロカワ キショウ) さ


1934年生れ。メタボリズム・メンバー。

一般的な知名度では、日本でも1、2を争う有名建築家である黒川は早熟なスタートをきった作家である。若干26歳の時に大高正人菊竹清訓槇文彦らと始めたメタボリズム運動を皮切りに常にマスコミを賑わす存在でもあり続け、同時にその師である丹下健三をも凌ぐ大事務所を経営する建築家でもある。したがって国内にずば抜けた作品数を誇る多作家であり、東京近郊にも数多くの作品がある。

80年代になると黒川は「共生」という考え方を軸に建築を組み立てていくが、これらはメタボリズム以降の「中間領域」「曖昧性」といったコンセプトとメタボリズムを融合した考えである。
ワコール麹町ビルは、東京における黒川の代表作であり、彼の日本固有の文化の模索と現代の融合を見ることができる。
また六本木プリンスホテルは、中央の透明なプールが話題になった作品であるが、いたることろに黒川のレトリックが散りばめられている楽しい作品でもある。

また、「メタルフォーシス」「中間領域」といった考えを表した作品として、さいたま市浦和にある「埼玉県立近代美術館」は欠かせない作品である。「名古屋市美術館」「広島市現代美術館」と続く美術館シリーズの最初の作品でもある。

朝霧荘は、企業のゲストハウスであるが、黒川が提唱する「花数奇」を表現した建築として現代建築とは違った黒川の側面を見ることができる。

黒川は時代の動向に敏感な建築家である。ただ敏感な人ならいくらでもいるが、ただちに言語化し、かつ設計化してしまうところが余人には真似できない特技である。その能力がよく生かされたのがメタボリズムの運動で、メタボリズムは黒川のおかげで体をなし、世界のムーブメントのひとつとして定着した。黒川の言説は、その当時は軽く扱われがちだが、後になって改めて振り返ると、時代を正確につかんでいるのに驚かされる。それと、読んでいてわかりやすい。

〜 建築作品 〜

こどもの国 アンデルセン記念館 1964 横浜市緑区奈良町
こどもの国 休憩所 1964 横浜市緑区奈良町
こどもの国 セントラルロッジ 1965 横浜市緑区奈良町
寒河江市庁舎

(DOCOMOMO100選)


⇒詳細
1967 山形県寒河江市中央
佐倉市庁舎 1971 千葉県佐倉市
中銀カプセルタワービル


⇒詳細
1972 中央区銀座

時間のなかに固まったメタボリズム
下田プリンスホテル東館 1973 静岡県下田市白浜
軽井沢プリンスホテル東館 1973 長野県軽井沢町
麻布第一タウンハウス 1974 港区
西武高田馬場駅ビルBIG BOX 1974
青山ベルコモンズ 1976
日本赤十字本社ビル 1977
東京大同生命ビル 1978
アーバンヒル松戸 1980 千葉県松戸市
松涛倶楽部 1980
杉並区立中央図書館 1982
埼玉県立近代美術館 1982
かながわビル 1983 横浜市中区
ワコール麹町ビル 1984
六本木プリンスホテル 1984
朝霧荘 1987 新宿区市谷砂土原町
岩間ビル 1987 銀座
名古屋市美術館


⇒詳細
1987 愛知県名古屋市
広島市現代美術館 1988
1990日本建築学会作品賞
渋谷Tビル 1989
大阪コンベンションセンター
日本看護協会ビル 2004 表参道

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